元地球惑星科学専攻(地質学鉱物学分野)所属・名誉教授 酒井 治孝
過去40億年、大陸は分裂と衝突を繰り返し、それに伴い大気・海洋の分布と組成が変化することによって地球環境は変動し、生物は進化してきた。海洋プレートが大陸の下に沈み込む日本列島のような造山帯に関する理解は、1990年代までに飛躍的に進歩した。しかし、大陸と大陸の衝突帯の形成プロセスとダイナミクスの研究は遅々として進んでいなかった。そこで1990年代以降、アジア大陸とインド亜大陸の衝突によって誕生したヒマラヤ山脈の形成プロセスの研究が、国際的に注目されるようになった。
その理由は、ヒマラヤが現在も衝突が継続中の生きている造山帯であり、「大陸衝突の自然の実験室」とも言えるからである。もう一つの理由は、衝突によってヒマラヤ•チベット山塊という世界で最も高く広大な大地形が誕生したことに伴って、モンスーンという気候システムが成立したと考えられるようになったからである。両者のリンケージを解明しようという国際的機運の昂まりの中で、私は1980年以来、定年退職するまで38年間、ヒマラヤとモンスーンという2つの大きなターゲットに向かって研究を進めてきた。
ヒマラヤの構造は、厚さ10 km余りの変成岩の岩盤とその上の厚さ約10 kmの海成層テチス堆積物が、ほぼ水平な断層に沿ってインド側に100 km 以上乗り上げたナップ構造である。私はヒマラヤ形成史を解く鍵は、ナップの運動史と熱史だという観点から、20年に亘ってナップの研究を続けてきた。また過去100万年のモンスーン変動史が古カトマンズ湖の堆積物に記録されていることを確信し、2000年以降ネパールの首都カトマンズでボーリングを行い、そのコアの分析を続けてきた。その過程で様々な事実を発見し、新しい仮説を提唱してきたが、対象がとてつもなく大きく、野外調査が困難であることから、2つのテーマを充分解明できたとは言えない。今後はこれまでの成果をまとめながら、後進の皆さんの研究の進展を見守ることにしたい。